奈良地方裁判所 平成元年(タ)43号 判決 1992年1月30日
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 別紙物件目録一〇及び一一記載の土地、建物について、本件離婚に伴う財産分与として被告に所有権を移転し、原告は被告に対し、右土地、建物につき財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 原告は、被告に対し、金五五〇〇万円を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 申立
(原告)
主文一、四項と同旨
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
三 予備的財産分与の申立
原告は被告に対し、別紙物件目録一〇ないし一二記載の物件につき、抵当権等の付着しない状態で財産分与を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、金一億三〇〇〇万円を支払え。
第二 主張
(請求原因)
一 原告と被告は、昭和一八年一〇月韓国において挙式し、事実上の婚姻生活に入り、昭和三〇年九月二一日婚姻届出をした夫婦である。原告は昭和二一年七月、被告は昭和二三年一二月頃、それぞれ日本に入国した。
二 原・被告間には、長男成吾(昭和二一年四月一七日生)、長女慶煥(昭和二五年一月六日生)の二人の子供がいるが、いずれも結婚し、長男は三人の子を儲け被告と同居している。
三 そして、原告は昭和二九年一〇月頃から硬化ビニール加工業を始め、昭和三二年にはこれを基に法人化し、新光ビニール工業株式会社(以下、「訴外会社」という)を設立し、その代表者となり現在に至っている。
四 ところが、原・被告の夫婦関係は、両者の性格が合わないため争いが絶えず、暖かい家庭生活を営むことが出来ず、昭和四〇年頃から夫婦としての実体はなくなっていた。
五 その結果、原告は昭和四一年頃より訴外山上節子との間で親しい関係となり、その間に、
昭和四七年九月二〇日 貴美子(女)
昭和四九年四月二一日 浩信 (男)
昭和五六年五月五日 浩明 (男)
の三人の子供が生まれ、いずれもこれを認知し、現在は右四名と同居している。
六 なお、原告は、昭和四四年頃から被告をその現住所である邸宅に居住させ、社会的、経済的地位を支えている。その間、被告は奈良家庭裁判所に対し、
1 昭和五〇年(家イ)第二一二号離婚調停事件。
2 昭和五一年(家イ)第二九五号離婚調停事件。
3 昭和五二年(家)第七五一号婚姻費用分担申立事件。
4 昭和六三年(家イ)第三六二号婚姻費用増額請求調停事件。
5 平成元年(家イ)第八三号婚姻費用分担調停事件。
の各申立をしてきており、被告はすでに離婚の決意を有している。
七 被告は原告との婚姻関係が破綻したのは原告の一方的なものであると主張し、自己の態度も反省する気持ちは全くなく、ただ原告の非を責めるためだけに生きているような状況である。
八 よって、原告は、お互いに高齢になり、原・被告間の子供は既に成人しており、一方原告と訴外山上との間の子供も成長してきたので、将来のために破綻している婚姻関係を清算することにし、平成元年六月一六日離婚調停の申立をし話合ったが、同年一一月二〇日調停不成立となった(平成元年(家イ)第一八二号)。
九 被告は、原告が離婚の右申立をすると被告が現在住んでいる家屋、その他の不動産、現金として一億三千万円を要求しているが、その額は余りにも高額であり、最近になってからは韓国から兄弟ら二人と共に原告の会社に押寄せ強引な要求をし、これをしないと原告らに危害を加えるなどと脅迫し、且つ、暴力を振るいかねない状態である。
一〇 以上のとおり、原・被告の別居期間も相当長期に及んでおり、被告も離婚の意思を有していて、婚姻関係はすでに破綻し回復の見込みは全くない。そして、原・被告間の子供は既に成年となって、いずれも経済的に安定した生活を送っており、被告は長男成吾と同居しその庇護のもとに生活をしているから、被告が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれるなど、原告の離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情もない。他方、原告には訴外山上節子との間で三人の認知した未成年の子女が居り、いずれも原告と同居して久しく、原告をして現状に復させることは不可能というべきであるし、未成年の子供にとってはむしろ原告を必要とする状況にあるというべきである。そして、原告は被告に対し、離婚にあたって、金五、〇〇〇万円の金員の支払を申出ている。
一一 以上の事実からすると、原告の被告に対する離婚請求は認められるべきである。
(答弁及び主張)
一 請求原因一ないし三項は認める。
二 同四項は争う。
三 同五項のうち、原告が山上節子と関係を生じ、子どもをつくり、同人らと同居生活を継続してきていることは認めるが、具体的内容は知らないし、その余は争う。
四 同六項の各申立をしたことは認める。
五 同七項は争う。
六 同八項のうち、原告が離婚調停を申立てたが、不成立となった事実を認め、その余は争う。
七 同九項は争う。
八 同一〇項は争う。
九 被告が予備的申立記載の財産分与を求める理由は左記のとおりである。
1 財産分与請求権の中心的意義が、夫婦が婚姻中有していた実質上共同の財産を清算分配するものであることは明らかであるところ、被告には原告に対し、相当の財産分与請求権を有している。
2 原告が現在所有する財産のうち、被告の貢献によって取得されたことが客観的に明らかなものは、別紙物件目録一ないし一二記載(以下、各物件は上記の番号で表示する)のとおりである。
右のうち一ないし九はいずれも原告が代表者である訴外会社の土地建物であるが、右のうち四の土地は原告の個人名義となっている。
ところで、被告は昭和二三年一二月、二歳の長男をつれて来日し、以後筆舌につくしがたい苦労を重ねて夫の仕事を手伝い、その結果ようやく同三二年四月に鶴見区鶴見町の工場建物を買い、訴外会社を設立したうえ、借金で機械を買取り、本格的に塩化ビニールの製造販売の事業を始めるに至ったものであり、同三六年に地主より工場土地の買い取りの依頼があって、五年間の分割払いで買取り、また工場を新増設し、事業を拡大発展させたものである。その間被告は終始工場内に寝起きし、二人の子を養育するとともに、寝食を忘れて従業員の食事の世話、営業資金の調達等に奔走し、被告のこうした貢献によって会社の飛躍的発展の基礎が築かれたものである。一ないし三の宅地は新光ビニール工業株式会社名義で取得されているが、事実上は原告の個人財産というべきものであるところ、被告の右物件取得に果たした役割は極めて大きいものであるから、これらは夫婦共同で取得した財産ということができる。昭和四四年に原、被告が居宅を現住所に移して以後、被告は訴外会社の業務を直接分担することがなくなったとはいえ、同社の事業に果たした被告の貢献は極めて大きいものであるから、被告は前記土地につき、二〇ないし三〇パーセントの財産分与を主張することは可能である。
3 一〇、一一の土地建物は原告が新光ビニールで得られた大きな利益金を用いて近鉄の建売物件として昭和四四年二月に購入したものであり、原告は右購入後、約二、五〇〇万円を用いて大幅な建て増しを行なった。原告は右増築代金のうち五〇〇万円を住友銀行から借用しているが、それ以外は借金なしに支払っている。被告は以後二〇年以上にわたり、途中で家出を余儀なくされた一時期を除き、長男夫婦とその子供らと右建物に居住し、原告が山上節子と公然と、別に同居生活を始めて以後は、文字通り被告らの住居として占有使用してきている。また右物件は、文字通り原被告の共同財産であり、その趣旨で購入増築されたものであり、本来なら原被告の共有名義に登記すべき物件である。
こうした諸点からして、本件物件は本件離婚にあたり、当然に被告に対し財産分与されるべき物件である。
4 一二の土地は、昭和四六年一二月、原告が自己名義で購入取得したものであるが、前記各物件と同様、右購入資金の創出について被告は重大な貢献をしているところであって、被告はこれの全部または一部につき財産分与を請求する権利を有している。
5 原告は被告に対し婚姻生活破壊に至る様々の有責行為を行なってきたものであるが、とりわけ昭和四五年秋、山上節子との愛人関係が生じて以後、何の理由もなく暴力を振るい、被告はやむをえず子供らと家を出てアパート生活を強いられ、また同五〇年三月、娘が結婚して同年七月以後は全く生活費を渡さず、被告はそのため家事調停を申し立て、知人が仲に入って一旦一ケ月二〇万円を渡してくれたのも数回で打ち切られることになる有り様で、被告は堪えられず、同五一年九月以後数年間アパートに住んでパート勤務をして最低の生活をすることを余儀なくされてきた。その間同五二年一一月三〇日、月々生活費として一五万円宛を支払うべき旨の審判が下されたが、原告はそれ以後のほとんどの期間、右支払を任意になさず、被告が仮差押や競売申立てなどの手段を用いてやっと長期間の遅滞分を支払うなど、非常識極まる態度を継続してきた。したがってこの原告の仕打ちによって被告が蒙ってきた精神的損害は極めて大きい。
また原告は、被告が死に物狂いで家事以外に原告の事業を共同してきた永年の間も、最低の生活費しか渡さず、また被告が会社をやめて以後も、一定のまとまった金員をわたすなど、主婦として相当の生活費支出を委せる方法を採らなかった。また前記のとおり約二〇年間にわたり、非常識としかいいようのない態度を継続して、被告を常時危機的状況に置き、自ら恥ずる気持ちさえない状態で推移してきた。他方原告は実質的な個人企業のオーナーとして莫大な利益を個人として取得し、極めて贅沢な生活を継続してきたものである。
よって昭和五〇年七月以後平成三年六月までの一六年間(一九二月)につき、被告が正常な生活を営むについて、その間原告より取得した金員のほかに、一ケ月最低二〇万円の支出を要求しえたとすると、それだけで三、八四〇万円となる。したがってこれに慰謝料を加えるならば、結婚生活期間中における実質損害の補償と精神的損害とで、優に五、〇〇〇万円をこえるべきものである。
6 よって、被告は原告に対し、財産分与等として、一〇ないし一二の物件ならびに金一億三〇〇〇万円の支払を請求する次第である。
なお、原告は被告に対し、右物件を提供する場合、あらかじめこれに設定されている抵当権を抹消すべき義務を負担するものである。
(原告の反論)
一 被告の財産分与の主張(請求原因九項)は、法的に履行の不可能な請求であり、従って、主文でこれを表示し得ないものである。
即ち、一ないし三、五ないし九の土地建物は訴外会社の所有物件であり、また、その余の原告の所有物件についても担保の対象とされており、これを全て支払い、抵当権を抹消させることは原告の現在の財産状態では不可能である。また金一億三〇〇〇万円の支払も原告には不可能な額である。
二 前記物件は被告の貢献によって取得されたことが明らかと主張するが、否認する。
被告は、被告自身の努力で右物件を取得したように主張するが、被告は子供を育てていたし、全く原告の努力の結果である。
しかも被告は昭和四四年以後は現住所で原告の営業妨害になるような行動許りを継続して現在に至っているのであって、その持分を主張することは認められない。
原告は、被告のあらゆる妨害をたえて現在まで会社経営をしているのであって、被告の貢献などあり得ない。
三 その間、原告は、高級住宅に被告や長男夫婦らと共に居住させ必要な生活費の支出をなし、被告の生活を支えてきたものである。
更に原告は、被告の老後のために金五〇〇〇万円の現金の支払を申出ているのである。
韓国民法では、日本と異なり、不貞行為があってもこれを放置したり、婚姻を継続し難い重大な事由があってもこれを知った日から六月、その事由があった日から二年を経過したときなどの場合は、離婚請求も認めないものとされているのである(韓国民法第八四一条、第八四二条)。これらの事情からすると原告の右五〇〇〇万円の提供は相当なものである。
よって、被告の本申立は相当でないことは明らかである。
第三 証拠関係(省略)
理由
一 その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定すべき甲一、四ないし六、同乙一ないし二三、二五、原告本人の供述により真正に成立したものと認められる甲三、被告本人の供述により真正に成立したものと認められる乙二四、原、被告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認定できる。
1 原告と被告は、見合いで知り合った後、昭和一八年一〇月に韓国において結婚式を挙げたうえ婚姻生活に入り、昭和三〇年九月二一日婚姻届をした夫婦である。
2 原、被告間には、昭和二一年四月一七日に長男成吾が、昭和二五年一月六日に長女慶煥が、それぞれ出生しているが、長男は昭和四九年四月一〇日に婚姻して三人の子がおり、長女も翌年春に婚姻して三人の子がいる(本件口頭弁論終結時点の平成三年九月二〇日で、原告は六六歳、被告は六四歳、長男は四五歳、長女は四一歳である)。
3 原告は、長男出生後間もない昭和二一年七月に叔父を頼って単身で来日し、ゴム関係の仕事などに従事していたが、被告も昭和二三年一二月二〇日に幼い長男を伴って来日した。その後、原告らは、ゴム関係、ビニールベルト加工業、ボタン製造業などに従事して努力したが、いずれも順調には行かず、その生活は楽ではなかった。
4 昭和二九年一〇月頃から原告らは大阪市において工場を借りて、硬化ビニール加工業を始めた。その後、原告の努力と被告の営業資金の調達や従業員の食事の世話などの協力もあって、右事業については固定的な注文主もできて順調に業績も伸び、昭和三二年四月一七日には原告を代表取締役として訴外会社が設立されるとともに、製造規模を拡大することが必要となったため、同会社は昭和三二年四月頃(所有権移転登記は昭和三三年六月)大阪市鶴見区鶴見町所在の工場建物(五の工場)を買い受け、さらに、昭和三六年から昭和五〇年にわたって一ないし四の土地及び六ないし九の建物(四の土地のみは原告の所有名義であるが、他の土地及び建物は同会社の所有名義で登記が完了している)を順次買い受け、あるいは建築するなど、右事業は拡大して行き、右購入ないし建築のための借入金の返済についても、昭和四〇年頃から安定して履行できるようになっていた。なお、原告は、昭和四六年には、橿原市所在の一二の土地も購入している。
5 その間、原告ら家族は、工場内の一部を住居としていたが、昭和四四年二月には奈良市内にある一〇、一一の土地、建物を買い取り、そこに住居を移した。この時から被告は訴外会社の業務には関与しなくなった。
6 原、被告は、その性格の相違や原告の女性関係を疑わせる行動などから口論が絶えず、原告は時には被告に暴力を振ったこともあり、夫婦関係は冷えて来て昭和四〇年頃からは性関係もなくなっており、右新居に移ってからも、夫婦関係は改善されることはなかった。そうするうち、原告は、昭和四五年秋頃、知人から被告が高利で他に融資していると聞き、被告にこれを止めるよう注意したが、被告が右事実を否定したことから、被告に殴打するなどの暴行を加えた。そのため、被告は、昭和四五年一〇月、子らと共に自宅を出て、親戚の借りた西宮市所在のアパートで生活していたが、翌四六年一月二〇日に叔父の執り成しで被告は帰宅することを了解し子らと共に帰宅した。その後も原、被告の関係は改善されることはなかった。
7 また、原告は昭和四四年頃訴外山上と知り合って男女関係をもつようになり、その間に昭和四七年九月二〇日に女子(貴美子)、昭和四九年四月二一日に男子(浩信)、昭和五六年五月五日に男子(浩明)がそれぞれ出生し、原告は右の子らを認知していた。被告は、昭和四八年に至って、原告が右のように訴外山上と男女関係を持ち、女子が出生していることを知り、原告に対して右関係の解消を要望したが、原告は、全くこれを考慮せず逆に被告に暴力を振ったこともあり、この頃から自宅に帰ることが少くなって行き、訴外山上と居住するために購入した家屋で生活するようになった。
8 原告は、奈良市の自宅に居住するようになってから、被告に給与の名目で毎月六万円を手渡し、被告はこの金員(ただし、光熱費は訴外会社の負担)で家計を維持しており、昭和四五年三月から五月までは一時的に一八万円に増額されたことがあったが、その後はこのような月単位で金員は手渡されず、日によって一〇〇〇円ないし二〇〇〇円が被告に手渡されるという状態が続いていた。昭和四七年二月に長男が結婚して被告らと同居するようになり、昭和五〇年春に長女が医師と結婚してから半年位した頃には、原告は、長男の給与で生活すればいいなどといって、被告の要望にもかかわらず前記の生活費の支払もしなくなり、訴外山上と生活を共にして自宅に殆んど帰らなくなった。そのため、被告は同年九月に原告を相手方として離婚を求める調停を奈良家庭裁判所に提起したが、仲介する人があって翌一〇月から毎月二〇万円を生活費として支払うことを原告が了承し、右調停は取下げた。しかし、原告は右金員を同年中支払っただけで、翌五一年一月からは再び支払わなくなった。このような状態が続いたため、被告は、同年九月に、自宅を出て東大阪市にアパートを借り受けて別居したうえ、翌一〇月に再び被告を相手方として離婚を求める調停を前記裁判所に申し立てたが、原告が調停期日に一回出席しただけで以後出頭しなかったため、被告は合意の見込はないと考え、右調停をその後取下げているが、その間、被告は原告を相手方として翌五二年三月に婚姻費用分担請求申立事件を前記裁判所に申し立て、同年一一月三〇日に、昭和五一年九月一日以降原、被告の別居解消または婚姻解消まで毎月一五万円の支払を命ずる審判がなされた。しかし、その後原告が任意に右履行をしなかったため、被告が原告名義の不動産を仮差押をしたり、強制競売を申し立てるなどの法的手続を繰り返えして行い、漸くその支払を受けるという状態が続いている。
9 被告は、前項の別居後約四年を経過した昭和五五年一一月に、殆んど原告が帰宅しなくなっていた奈良市の自宅に戻ったが、その後も原告とは殆んど交渉のない生活が続いた。その間、昭和五六年一一月頃、原告は、長男が原告の居住していた家の硝子戸を割ったことなどに憤慨して、奈良市の自宅の多数の窓ガラス等を所携の金属バットで殴り壊すという蛮行を行い、このため被告や長男の家族は日常生活にも多大の影響を受けたが、漸く昭和六二年一一月頃に、約三年半程の間仕事のため東京都で生活していた長男が右自宅に戻ったのを機会に銀行等から借用した金員により約五〇〇万円をかけて、その修理をしている。
10 原告は、平成元年六月一六日、被告を相手方として奈良家庭裁判所に離婚を求める調停を申し立てたが、合意に達せず同年一一月二〇日調停不成立となっている。また、翌一二月には、被告及びその兄弟と原告との間で離婚を前提として財産分与の話し合いがなされたが、被告側から一〇ないし一二の土地、建物の譲渡と一億三〇〇〇万円の支払の要求が出され、原告からは五〇〇〇万円の支払の提案がなされたまま、それ以上の歩み寄りはなく、話し合いは決裂した。
11 このような経過を経て、現在では、原告は被告と夫婦関係を維持する意思は全くなく、被告も満足しうる財産的給付がなされることが前提ではあるが、原告と離婚する意思を持つに至っている。
以上の各事実が認められ、右認定に反する甲三及び乙二四の記載部分並びに原、被告各本人の供述部分は、その余の前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 前項の認定事実によれば、原、被告の婚姻関係はすでに破綻していてその回復の見込はないものというべきである。そして、このような状態に至ったのは、原告の訴外山上との情交関係と行動が主たる原因であることは明らかといわなければならない。ただ、原、被告は前記のように少くとも昭和五〇年には別居状態となっており、本件の口頭弁論終結時点(平成三年九月二〇日)ではその別居期間は約一六年の長期に亘ることとなっており、その長男及び長女はすでに成人して結婚し、経済的にも安定した状態になっており(前掲乙二四及び被告本人の供述により認定)、被告は今後右両名から物心両面の援助を期待できることがうかがわれるのであり、原告も前記のように相当額の金員を財産分与として被告に支払うことを申し出ており、これらの事情等を考慮すれば、離婚により被告が精神的、社会的、経済的に極めて過酷な状態におかれるものとはいいがたい。
以上の諸点や原、被告の年令のほか被告も前記のように離婚の意思を有していることも参酌すると、原告は有責配偶者に当たるものではあるが、本件については「婚姻を継続し難い重大な事由がある」(韓国民法八四〇条六号、日本国民法七七〇条一項五号)場合に該当するものとして、原告の本訴離婚請求は理由があるものというべきである。
三 そこで、被告の予備的申立にもとづき、財産分与について検討する。
1 まず、財産分与には、離婚に伴う慰謝料が包括されうるものと解すべきところ、被告が主として原告の行動により離婚となり、これにより相当の精神的苦痛を被ったことは推認でき、すでに認定した各事情ことに原告の行動内容、婚姻期間、被告の年令、双方の資力等を考慮すると、その慰謝料額は二〇〇〇万円とみるのが相当である。
2 次に、清算的財産分与について検討すると、先に認定したように、原告は、その所有名義となっている四、一〇ないし一二の物件を有しているが、これらはその取得時期及び経過からみて原、被告ら夫婦の実質的共有財産とみるのが相当である。そして、前掲乙七、一五、一七、二三によれば、四、一〇、一一の土地、建物の平成元年度における固定資産課税台帳上の評価額は、順次、七三六万四〇〇〇円、四四七二万七五一六円、三二三万七八三〇円であり、一二の土地の昭和六三年度の同評価額は一七〇一万円であることがそれぞれ認定できる。
また、前掲乙一八ないし二一及び原告本人の供述によれば、原告は、生駒市所在の一三、一四の土地、建物を昭和五三年に訴外山上とともに取得して共有していること、これとは別に、その現住居である奈良市帝塚山にも土地、建物を所有していること及び平成元年度の一三の土地(原告の持分は一二分の一)の固定資産税課税台帳上の評価額は三〇五二万〇四二六円、一四の建物(同持分は二分の一)のそれは四三〇万六七三四円であることが認められる。
以上の各不動産の所有状況、それらの右評価額等から推定される時価、それぞれの従来の使用状況と、先に認定したように原告が代表者である訴外会社は一ないし三、五ないし九の工場及び敷地を所有しており、これらは原、被告ら夫婦の財産に属するものとはいえないとしても、その取得については被告も相応の貢献をし、原告はその利用等により今後も相当の利得を得ることが予想される点等記録に現われた諸般の事情を考慮すると、被告に一〇、一一の土地建物は、財産分与(韓国民法八四三条、八三九条の二)として被告に取得せしめるのが相当と認める。なお、前掲乙一四及び一六によれば、一〇、一一の土地、建物には、別紙登記目録記載のとおり、極度額二億円、債務者訴外会社、権利者訴外奈良商銀信用組合とする根抵当権設定仮登記が経由されていることが認められるが、右債務者、権利者とも第三者であって、本訴において原告にその抹消手続を命ずることはできないけれども、右土地、建物は被告の今後の居住等所有権者として利用することを予定して分与するものであるから、右債務者である訴外会社の代表者としてその実権を有する原告としては、右の被告の利用を確実なものとするため権利者と交渉して可及的早期に右仮登記を抹消する努力をなすべきである。
次に、扶養的財産分与について検討すると、前掲乙二四及び被告本人の供述によれば、被告は平成元年三月一八日に住居のテラスから落下して頸椎を痛め、両腕に痺れ感や痛みが残るなどの後遺症があることが認められることやその年令からみて、自ら収入を得ることは困難な状況にあることがうかがわれるから、離婚後の扶養の趣旨で、前記の審判による婚姻費用分担額が月額一五万円であること、その平均余命、原告の収入、離婚後に予測される被告の生活費等の出費額その他本件記録に現われた一切の事情を考慮し、原告に三五〇〇万円の支払を命ずるのが相当である。
四 以上のとおりであるから、原告の本件離婚請求を認容し、財産分与として、原告に五五〇〇万円の支払を命じるとともに、一〇、一一の土地、建物を被告に取得せしめて、原告に被告に対し右土地、建物につき所有権移転登記手続をなすことを命ずることとして、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
一 大阪市鶴見区鶴見一丁目五番一
宅地 三〇四・一三平方メートル
二 同所五番三
宅地 一、二三三・〇五平方メートル
三 同所五番八
宅地 一、一六六・九四平方メートル
四 同所五番二
宅地 一一五・七〇平方メートル
五 同所五番地の三、同番地の八所在(家屋番号一一八〇番二)
木造スレート葺平家建工場 二四二・九七平方メートル
六 同所五番地の三、同番地の一所在(家屋番号一一八〇番一)
鉄骨造陸屋根三階建工場兼娯楽室兼食堂兼倉庫
一階 六二三・九二平方メートル
二階 三六二・八八平方メートル
三階 二九四・三〇平方メートル
七 同所四番地の二、五番地の一、同番地の三(家屋番号一二一八番)
軽量鉄骨造スレート葺二階建工場
一階 七七一・二〇平方メートル
二階 四三四・三八平方メートル
八 同所四番地の二、五番地の一(家屋番号一一七八番二)
鉄骨造スレート葺平家建 三〇七・一〇平方メートル
九 同所五番地の八、同番地の三、同番地の二(家屋番号五番八)
鉄骨造陸屋根二階建事務所
一階 一九〇・九五平方メートル
二階 二〇四・四八平方メートル
一〇 奈良市中登美ケ丘二丁目一九八四番二〇
宅地 一、〇六一・六八平方メートル
一一 右同所所在(家屋番号 一九八四番二〇)
鉄筋コンクリート造スレート葺地下一階付平家建居宅
一階 一二五・六五平方メートル
地下一階 一五・〇〇平方メートル
一二 橿原市山之坊町字内島四二四番
雑種地 九四五・〇〇平方メートル
一三 生駒市東生駒四丁目三九八番二九四
宅地 一、〇〇九・二四平方メートル
ただし、原告の持分一二分の一
一四 (一棟の建物)
生駒市東生駒四丁目三九八番地二九四B―二号所在
鉄筋コンクリート造瓦葺二階建
一階 八八・一四平方メートル
二階 八九・五四平方メートル
(専有部分の建物)
鉄筋コンクリート造瓦葺二階建居宅
一階 四〇・七五平方メートル
二階 四一・四五平方メートル
ただし、原告の持分二分の一
登記目録
根抵当権設定仮登記
受付日 昭和五九年一月三〇日
原因 昭和五九年一月二五日設定
極度額 金二億円
債権の範囲 信用組合取引、手形債権、小切手債権
債務者 大阪市鶴見区鶴見一丁目六番九号
新光ビニール工業株式会社
権利者 奈良県橿原市新賀町二五四番地の二
奈良商銀信用組合
受付番号 一〇の土地につき、第二九六四号
一一の建物につき、第二九六五号